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Mon2015.05.04


プリズンホテル 2 秋 浅田次郎

プリズンホテル 2 秋 浅田次郎
集英社文庫

2015.5.1

1 「一天地六(いってんちろく)の賽(さい)の目次第(しでえ)に罷(みまか)りますのも、
  また乙(おつ)なもんでござんす」
   ――長老は会葬者たちに向かって言った。

2 「すまねえな兄弟。
  きょうはこの先生をお送りせにゃならねえから、
  面倒な話はまたにしておくんない」
   ――仲蔵親分は小説家をリムジンに押しこんだ。

3 「ねえ旦那。
  バクチだのテラだのミカジメだの、
  もうそんな時代じゃありやせんぜ」
   ――番頭は幹事の肩を抱き寄せた。

4 「おいてめえら、ナニのんびりしてやがる。
  緊急逮捕、騒音防止条例違反、
  及び威力業務妨害だっ、かかれ!」
   ――鬼刑事は部下たちに命じた。

5 「ごめんなさい、先生。ミカにできることがあったら、
  言ってください。なんでもします」
   ――いたいけな少女はおカッパ頭を下げた。

6 「ひばりちゃんが死ぬまでスターだったのは
  歌が上手だったから。あたしがくすぶっちまったのは、
  ヘタクソだからさ。この声を聴きゃ
  わかるだろ。他に何の理由があるものかね」
   ――老歌手はきっかりと目を据えた。

7 「代紋ちげえの旅人さんとお見受けいたしやす。
  こうしてひとつ宿にゲソ並べましたのも何かのご縁。
  まずはお控えなすっておくんなさんし」
   ――大曾根親分は腰を割って仁義を切った。

8 「あのう……包丁を貸していただけませんでしょうか。
  リンゴを剝きたいんですけど、よく切れる、包丁……」
   ――赤いドレスの女は板長に言った。

9 「だがお客さん。それじゃ女だてらに体を張った、
  あんたの本懐が遂げられますめえ――あっしらが
  手を貸すのァ簡単ですがね」
   ――番頭は考え深げに言った。

10 「抱いてよ、めちゃくちゃにして!
  これがあなたの夢にまで見た、柏木ナナの体なのよ。
  さあ、気のすむまで抱いて!」
   ――赤いドレスの女は小説家を押し倒した。

11 「用事がすんだらさがってくれたまえ。
  至急仕上げねばならぬ論文があるのだよ」
   ――偽大学教授は顔をそむけたまま言った。

12 「やつらが桜の代紋しょった任侠なら、
  俺たちも桜の代紋あずかる極道だ。
  お天道様の下に同じ桜の金看板はうまかねえ。
  この際はっきりと白黒つけたろうじゃねえか」
   ――マル暴刑事は勇み立った。

13 「『檜の間』でございますが、実は……中から鍵を
  かけたままお電話にもお出になりません。窓にも
  フトンを積んだりテーブルを立てかけたり――つまりその、
  何と申しますか、立てこもっておいでです」
   ――支配人は仲蔵親分に向かって答えた。

14 「まずいって、何がです?
  私たち慰安旅行に来てるだけですよ。
  残留の署員が、ちゃんと駐車違反だって
  取り締まっています」
   ――酔いどれ婦警は意地悪く笑った。

15 「忘れもしないわ、初めて会ったとき、あたしは十七、
  直さんは四十六、仲ちゃんは二十三。新宿の闇市だった」
   ――真野みすずはしわがれた声で告白した。

16 「でもね、町のやつらや県警のデカたちは、
  ここを『プリズンホテル』って呼ぶんス。
  どうっス、いい名前でしょ。
  シブイよなー!」
   ――元暴走族のフロントマンは誇らしげに言った。

17 「お言葉ですが支配人さん、
  あっしら死人ケガ人も稼業のうちでござんす。
  ましてや体張っての仲裁役で命を落とそうもんなら、
  あっぱれ男も上がるてえもんで」
   ――番頭は楽しげに言った。

18 「法律はそれほど公平じゃない。
  ――貧しい人間は
  法廷でも孤独なんだ」
   ――指名手配中の強盗は悲しげに言った。

19 「おいアキラ。
  悶着を仲裁するのがてめえら番頭の仕事だろうが。
  何にも起きねえうちから客にどうこう指図するたァ、
  順序が違やしねえか」
   ――大曾根は明快に言った。

20 「おお、撃ちなせえ。ささ、遠慮なさらずお撃ちなせえ。
  さあ、さあさあ!――斬った張ったも七十年の
  この老いぼれにとっちゃ
  鉛の弾せえ飴玉みてえに懐かしいやい」
   ――仲蔵親分は大見得を切った。

21 「まあそう嫌がるなよ、孝ちゃん。
  決してつまらなねえ話じゃねえぞ――
  黒子がよ、役者の背中から見てきた芝居ってえのは」
   ――仲蔵親分は偏屈な小説家に向かって言った。

22 「ところで、おじさんとみすずさんは、
  いったいどういう関係なんですか」
   ――偏屈な小説家は刺客のようにいきなり言った。

23 「やっぱりそういうことだったんですね。
  長々と武勇伝を聞かせたあげく、
  そんないやらしい話になるとは。
  失礼します」
   ――偏屈な小説家憮然として席を立った。

24 「おまわりだって人間だ。
  決して犬コロじゃねえ。
  俺ァそのことだけを、
  おめえにいつか言ってやりたかった」
   ――ロートル巡査は刑事に向かって言った。

25 「もういい。それでいいよ繁ちゃん。
  きっと天国のおとうさんも喜んでいるわ」
   ――支配人の妻は泣きくれる息子の肩を抱いた。

26 「ここはいいホテルだ。
  なにせ小説家が仕事に使うほど閑静で――
  ま、じっくりと物を書くにゃ
  うってつけの宿だな」
   ――ロートル巡査は鷲のような目をフロントに向けた。

27 「シメやすか、ブチ殺しやすか。
  それでも足んねえとおっしゃるなら、
  ナマスに刻んでそこらの山に埋めやすか」
   ――番頭は声を低めた。

28 「若い者ンが体かけよる話じゃったら、
  一言いうてつかあさい。
  わしが木戸の親分に恩返しできることは、
  こん体のほか何もありゃでんですけの」
   ――バーテンはアイスピックを握った。

29 「さあて、久しぶりに歌でも唄うか……
  ねえ仲ちゃん、お客を集めとくれよ」
   ――真野みすずはしわがれ声で言った。

30 「お客様にご案内申し上げます。午前二時三十分より、
  一階バーラウンジ『しがらみ』におきまして
  『真野みすずスペシャルナイトショー』を開演いたします。
  どうぞご来場下さいませ」
   ――館内放送が響いた。

31 「みんなに聴かせようとしちゃだめ。
  あんたの惚れた男のために、唄うのよ」
   ――真野みすずはマイクをさし向けた。

32 「この包丁はどうやったって人の肉には通らねえ。
  嘘だと思ったら、てめえの指でためしてみな」
   ――板長は不敵に笑った。

33 「おや、ふしぎなこともあるもんだぜ。
  こちらさんの手にゃ、盗人紋が見当たらねえ。
  そればかりじゃねえぞ、
  こんなにくっきりと世直し紋がある」
   ――仲蔵親分はふしぎそうに泥棒の掌を見つめた。

34 「女子供を泣かせるような外道は、この鉄砲常が
  生かしておかんですよ。三人やるも四人やるも、
  たいしてちがいはないですけ」
   ――バーテンはアイスピックを突きつけた。

35 「ヨタとばしてねえで、とっとと帰ったらどうでえ。
  ――ありがとうございやした、
  またどうぞお越し下せえ」
   ――仲蔵親分は紋付袴で客を送った。

あとがき
解説  安藤優子


裏表紙より。

花沢支配人は青ざめた。なんの因果か、今宵、我らが「プリズンホテル」へ
投宿するのは、おなじみ任侠大曽根一家御一行様と警視庁青山警察署の
酒グセ最悪の慰安旅行団御一行様。そして、いわくありげな旅まわりの
元アイドル歌手とその愛人。これは何が起きてもおかしくない…。
仲蔵親分の秘めた恋物語も明かされる一泊二日の大騒動。愛憎ぶつかる
温泉宿の夜は笑えて、泣けて、眠れない。



涙腺がゆるいので、ミカちゃんの健気さに涙
通勤電車であぶないあぶない。

20年以上前の作品なんだ…
20年も食わず嫌いでもったいないことをした。


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